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「坂の上の雲」と日本人
- 2009-11-06 (金)
- 読書
最近は専ら古書ばかり読んでいますので、偶には新書でも読んでみようと思いまして本屋さんに立ち寄ってみました。すると、何やら「坂の上の雲」の関連書籍コーナーなどが設けられているではありませんか。気がつけばいつの間にやら足がそのコーナーに向いいました。
とてもたくさんあります「坂の上の雲」の関連本。さすがに11月のドラマ「坂の上の雲」の放送に合わせて一気に増えたみたいです。
さてどれにしようかと迷っていましたら、目に入ったのが関川夏央氏の『「坂の上の雲」と日本人』です。
関川先生は、今年の2月23日に大阪で開かれました司馬遼太郎氏を偲ぶ「第13回菜の花忌」の「坂の上の雲シンポジウム」のパネリストで出席されていた方で、その時のお話しがとても好印象でしたので、ここは迷わずに関川先生の著書を選んでみました。
家に帰ってから、数貢だけ目を通してみましたが、その中でまず目に付いたのが
日露戦争をえがいているはずのこの物語の主人公のひとりが正岡子規であることを不思議に思う方も多いようです。日露戦争が主役であるならば、本来は夏目漱石が出てきたほうがいい。
『「坂の上の雲」と日本人』より
という文章。これは上述の「菜の花忌」のシンポジウムで、とても著名な方が発言された内容そのものです。
この時の様子は、以前に「『坂の上の雲』に於ける正岡子規の存在意義について」というタイトルで記しましたが、
要するに私の考えは、
小説「坂の上の雲」は司馬氏が正岡子規に贈った作品であると思っています。
私が『坂の上の雲』を読んで思うことは、正岡子規が亡くなるまでの前半は、その文体はとても生き生きしています。しかしながら、子規死後の日露戦争に移っては一転して、その文体は細かい描写に徹することになります。この変化は、司馬氏自身が子規居士となり、子規が唱えた「写生」技法を、この作品に取り入れていったのだと思うのです。
また、この作品で司馬氏は乃木希典を愚将として扱いますが、これも子規が『歌よみに与ふる書』で紀貫之を下手な歌詠みと罵ることに相通ずるものがあります。子規が俳句及び短歌の革新を行ったように、司馬氏もこの作品で、「歴史革新」、「小説革新」を見出したのだと思うのです。
晩年司馬氏は、『街道をゆく』でフィールドワークを行いますが、これも「写生」にあると思うのです。現在、司馬遼太郎記念館で「司馬遼太郎が描いた絵画展」が催されていますが、これも絵を愉しんだ子規にも似ています。さらに似ている点は、子規が、蕪村という俳人を発見し世に広めたように、司馬氏は小説を通じて坂本竜馬、秋山兄弟を世に広めてもいます。
故に、子規なくして「司馬遼太郎」はなく、子規なくして『坂の上の雲』はないと思うのです。
そこで、本著に目を向けますと、関川先生も次のように述べられています。
しかし、子規がいなければ、彼はこの物語そのものを書くことができなかったのもたしかだと思います。
続いて、
子規は「写生」ということを強調しました。書き言語でいかに風景の感触をつたえ得るかということです。その場合、近代文学の特徴のひとつである「内面」は遠ざけられます。(中略)つまり写生は「反内面」「非告白」であり、いわば「反ナルシズム」だということができるでしょう。(中略)司馬遼太郎は読書家でした。それは史料の博捜だけを意味しません。日本近代文学にも深く親しんだのですが、そのうちのある種の作品の流れは、司馬遼太郎に強い違和の念を抱かせました。それは「私小説」であり、「告白」という考え方でした。また日本近代文学の一隅に住みついた「ナルシズム」への強い違和の念だともいえます。「ナルシズム」を基本的に理解しがたい性格の人であった司馬遼太郎は、小説の筆をとることを決意したときから、それらとは無縁の小説を書こうとしたのです。(中略)「坂の上の雲」はその意味で、「反内面」「反ナルシシズム」の写生小説の大作だということができます。
『「坂の上の雲」と日本人』より
流石に本職の方ですので文章が深いですが、子規の存在意義と「写生」という着眼点に関しては私と同じ考えです。(感動)
あの時の「子規不要論」に対して、あの著名な方に反論される方がいらっしゃらなかったのでとても悔しかったのですが、こうしてこの著書の冒頭で述べられているかと思うととても嬉しく思います。
ただ、強いて言うならば、(あの時あの場でそう述べて欲しかった・・・)
でも無理ないか。
とまあ、『「坂の上の雲」と日本人』、これからゆっくりと読んでみたいと思います。
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私の1冊 日本の100冊
- 2009-03-24 (火)
- 読書

NHK「私の1冊 日本の100冊」で、とうとう98冊までがピックアップされました。
しかしながら、『坂の上の雲』は未だに選ばれていません。
残りあと2冊、果たしてピックアップされるのか?
ちょっとドキドキしています。
ちなみに、私の心に残る1冊は、「坂の上の雲」以外を挙げるなら、
井上靖氏の『あすなろ物語』です。

特に、己に打ち克つという「克己」という言葉がとても印象に残った作品で、
中高生時代に、(若かったこともありますが)この思いを語り、
弁論大会や読書感想文コンクールで賞をいただいた思い出があります。
ちなみに今はというと、物語の主人公同様に挫折を繰り返す人生を歩んでいます。
でも、未だに「あすは檜になろう」ともがいています。
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『翔ぶが如く』完読!
- 2006-10-07 (土)
- 読書
本日、やっとのことで『翔ぶが如く』全10巻を読み終えました。(長かったー)
物語は明治6年の征韓論から明治10年の西南戦争までの5年間を描いていますが、『坂の上の雲』と同様にこの物語にも女性はほとんど登場しません。司馬作品では大衆小説や歴史小説ではなく歴史そのものを描く時には女性は登場しないようです。
ところで西郷隆盛曰く、
作略は為さぬものなり。作略は以て為したる事は、其の跡宜しからぬ事のみ多く、痛く心残り有るものなり。
唯、戦に臨みて作略なくは有るべからず。(西郷隆盛『戸田務敏への教訓』より)
それなのに、西南戦争ではどうして作略の無いまま戦に臨んだのでしょうか。
西南戦争時に果たして西郷隆盛は存在していたのだろうか?と考え込んでしまいます。
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