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坂の上の雲 Archive

これが子規が一目惚れしたという女性の写真だ!?

愛知県一宮市木曽川町のJR木曽川駅近くの公園に「俳聖正岡子規 見染塚」という記念碑が建てられています。

俳聖正岡子規 見染塚

俳聖正岡子規 見染塚



明治24年の夏、正岡子規が木曽路を経て美濃伏見から舟で木曽川を下り、北方で下船、木曽川停車場から汽車に乗るつもりで駅前の茶店で休憩しました。

この時の思いでを、明治32年7月、子規が発表した小作品「旅」の中で記しています。

一生に只一度の思ひは残る木曽川の停車場とて田の中に茶店三軒、其一軒に憩ひて汽車待ち合わせしに、丸顔に眼涼しく色黒き女十六ばかりに何の見処も無きが、これは又如何にしてか心の奥までしみ込んで、ここに一夜を明かす言い草まで考へつかぬ内に汽車が参りました。お急ぎなされませ、と彼女がかひがひしく我荷物さきに持ちて走るに、我もおくれじと、汽車に走りこみける。其無邪気な顔、どうしても今に忘れられず。


その後、この女性は実在するのかという議論がわき、大正8年、一宮市浅井の郷土史家・森徳一郎氏が調べたところ、木曽川町黒田の松本松之介二女「わく」(明治4年生)であることが判明します。

そして大正10年にわくの写真が発見されます。

その女性の写真がこちらになります。

わく

わく



ミス木曽川と呼ばれた“わく”は、色は黒いが「美人」であったため、すんなりとこれが子規が見染めた女性だと決まってしまうのです。

しかし、この“わく”という女性、名前の通りいろいろといわくある女性であった為、この事もあり、子規の友人である柳原極堂は「子規を冒涜するものである」と猛反対します。

極堂は、これは子規が文章を盛り上げるために女性を登場させ、おもしろおかしく書いただけのものであると説明しています。

さらには、駅前の宿屋の主人が、わくは偽者、我娘こそ本物であるなどと、第二の女性が現れるなどして、まるでお昼のワイドショー並に盛り上がります。

やがて、この話も落ち着いて、今では「わく」こそが子規の見染めた女性とされてはいますが、

果たしてこの真相やいかに?

子規居士のみぞ知るエピソードです。

「その時歴史が動いた」が終了

平成21年3月18日、NHK歴史番組「その時歴史が動いた」が終了しました。
松平さん、そしてスタッフの皆様、9年間おつかれさまでした。

番組の中で、様々な「その時」を回想されていましたが、ちなみに私の「その時」は、
1905年(明治38年)5月27日の日本海海戦の日が挙げられますが、
何よりも大切なのは同年12月20日の連合艦隊解散の日ですね。

なぜこの日なのかと申しますと、この日東郷司令長官が読まれた『連合艦隊解散の辞』(秋山真之起草)の末文「勝って兜の緒を締めよ」は、戦いに勝ったからといって油断してはいけない、事が成就したからといって安心せずに、さらに用心深くしろという戒めですが、人の歴史は栄枯盛衰、そして過ちの繰り返しであるという本質を見事に射抜いたものとしてとても印象に残っています。

大事なのは勝ち負けではなく、勝っても負けてもそこからこの先どう向って行くのかを知ることが、人の歴史の「その時」だと思っています。

なお、NHK歴史情報番組「その時歴史が動いた」で紹介された「坂の上の雲」の人々を列記しますと次の通りとなります。

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この人はもしや、秋山好古将軍

日英仏独露伊墺の各司令官

日英仏独露伊墺の各司令官

明治時代の北清事変に関する写真を眺めていましたら、ちょっと気になる写真を発見。

写真中央の日本人司令官に注目!

周りのヨーロッパの司令官と比べても見劣りがしない、あまりにも日本人離れした顔立ち。

どこか見覚えのある顔です。

さらに写真を拡大してみますと、

日本の司令官
写真の説明には「日英仏独露伊墺の各司令官」とだけ記載されていて定かではありませんが、この独特の顔立ちは秋山好古将軍だ。

官暦では、明治34年7月4日に清国駐屯軍守備隊司令官に任命されています。
その写真が、伝記『秋山好古』(秋山好古大将伝記刊行会/昭和11年刊)に掲載されていました。

秋山好古将軍の清国駐屯軍司令官時代(前列左端)
秋山好古将軍の清国駐屯軍司令官時代(前列左端)

始めの写真と見比べると同じ人物も写っていますので、やっぱり秋山好古将軍(当時大佐)に間違いなさそうです。

なんか、偶然にも秋山大将の写真を発見して、ちょっと興奮しています!

いやー、それにしても日本人離れした顔をしています。
さらにこの顔で当時43歳だというのだから驚きます。

第一回企画展テーマ展示「子規と真之」図録

松山にいる後輩から、「坂の上の雲」に関する冊子が2点届きました。(感謝感謝)まず一つは、「坂の上の雲ミュージアム」で販売されている図録です。

子規と真之

子規と真之



   第一回企画展 テーマ展示 「子規と真之」  
参照:テーマ展示「子規と真之」図録作成業務 委託業者選考に関する仕様

本文48ページのオールカラーで、貴重な写真や資料が約250点も掲載されており、かなり「坂の上の雲」通な出来栄えだとおもいます。これは当サイトの「坂の上の雲」人物伝の参考資料にさせていただこうと思います。

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騎兵の天才、織田信長(桶狭間の戦)

桶狭間古戦場
1560年(永禄3年)5月19日、尾張の織田信長が、駿河、遠江、三河を領する大大名、今川義元を桶狭間にて破ります。(桶狭間の戦)

武田信玄・北条氏康と同盟していた今川義元は、策略で奪った鳴海城支援のため、駿河・遠江・三河の三国の軍25000を率いて、5月12日駿府を発ちました。17日に沓掛城に到着した義元は、19日西に進軍します。

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