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雲の下の風景 Archive

日清戦争 第一軍戦死者記念碑

第一軍戦死者記念碑 本日は、名古屋市千種区日泰寺周辺にある日清戦争「第一軍戦死者記念碑」を訪ねました。
文献によると、日清戦争において名古屋と広島では、郷土の軍隊である第三・第五師団が第一軍を編成していたことから、両市の有志者が協議して、「第一軍戦死者記念碑」を建てたとのことです。
巨大な銅製砲弾型は、日清戦役紀念碑としては最大となります。
また装飾も見事な仕上がりとなっています。
第一軍戦死者記念碑
第一軍戦死者記念碑
第一軍戦死者記念碑

能島(のしま)村上水軍

能島
写真は愛媛県の瀬戸内海にある伯方(はかた)島と大島の中間に位置する周囲わずか720メートルの小島です。

しかし、この小島こそ日本最大の海賊と呼ばれた “能島村上水軍” が拠点とした「能島(のしま)」なのです。
(ちなみに伯方島には私の実家があります)

秋山真之は能島村上家に伝わる「能島流海賊古法」を学び、「七段構え」のヒントを得たといいます。

雲の下の風景:日露講和条約調印のテーブル

ポーツマス条約調印テーブル 1905年(明治38年)9月5日に調印された日露講和条約(ポーツマス条約)の写真。手前左から3人目が小村寿太郎主席全権、向こう側左から3人目がウィッテ主席全権。
(photo by 在New York 総領事館
そして、その調印に使用されたテーブルが博物館”明治村”の帝国ホテル内に展示されています。

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雲の下の風景:博物館”明治村”

本日は博物館”明治村”に行く。
中学校の修学旅行以来でしたが、”帝国ホテル”の建物だけはなんとか覚えていました。
帝国ホテル

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雲の下の風景:廃兵院跡(東京都豊島区北大塚)

昨日から東京に出張してました。その日は大塚のホテルに宿泊。
部屋に入って、大塚周辺の歴史をネットで調べてみましたら、日露戦争に縁のある「廃兵院跡」があることがわかりました。ちょうどホテルから400m程離れた巣鴨公園に石碑が残っているとのこと。(近い!)

廃兵院

廃兵とは戦闘に従事して傷をうけたり疾病にかかり兵役を免じられた軍人をいい、日露戦争による多数の傷病者に対し、1905年(明治38年)の山県有朋の「廃兵院設立に関する意見を提出する。対応を迫られた明治政府は、翌年4月7日「廃兵院法」を公布し、傷病兵を国費で終生扶養することにした。1934年(昭和9年)の傷兵院法により傷兵院と改称。第二次大戦後のポツダム緊急勅令により廃止。

本日は、名古屋に帰る前に巣鴨公園に立ち寄って石碑を訪ねてみました。
廃兵院跡

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