Home > 旅行
旅行 Archive
三景園 花まつり
- 2011-06-17 (金)
- 旅行
1993年(平成5年)の広島空港開港を記念して造られた庭園「三景園」に行って参りました。
(「坂の上の雲」とは関係ありません)
潮見亭
宮島の厳島神社を連想させる造りです。
広島と言えば、やはり鯉!
園内には滝もあります。(三段の滝)
癒されます。
- Comments: 0
- Trackbacks (Close): 0
秋山好古・多美夫妻の旅行地、北条鹿島
昨年のNHK松山のニュース(2010年12月24日)で、
小説「坂の上の雲」の主人公の1人で、松山市出身の軍人、秋山好古が、退役後、学校の校長として単身赴任していた松山で妻と共に撮影された初めての写真が見つかりました。専門家は「退役後の好古のプライベートの記録は極めて少なく、貴重だ」と話しています。
秋山好古は、明治時代、騎兵隊を率いて日露戦争に出征した軍人で、日本騎兵の父といわれ、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の主人公の1人として描かれています。写真は、秋山好古が退役後、妻の多美や友人らと一緒に現在の松山市沖の鹿島を訪れた際に写したもので、裏に昭和4年7月15日の撮影日と鹿島には釣りのために訪れたというメモ書きがあります。当時、好古は、松山の北予中学校の校長として家族を東京に残して単身赴任していて、これまで妻の多美が松山に来たという記録は残っていませんでした。しかし、写真に一緒に写っている男性の孫で、松山市に住む渡部静さん(70)の自宅に写真が残っていることが分かりました。写真は好古が校長を辞める前の年に撮影されていて、松山市の博物館「坂の上の雲ミュージアム」の徳永佳世学芸員は「校長を辞めるにあたって妻と一緒に旅行をしたのではないか。退役後の好古のプライベートの記録は極めて少なく、家族との関係や好古の趣向を知ることができる貴重な資料だ」と話しています。
*写真は秋山兄弟生家に展示されていたものを撮影しています。
ということで、秋山好古、多美夫妻が旅行で訪れたという鹿島に行って参りました。
北条鹿島とは松山市北条の前面400mに浮かぶ周囲約2kmの小島です。
その昔は、中世における伊予の国の覇者、河野氏の海域の古城でありました。
その島にフェリーで渡ります。(約3分ぐらい)。
島に到着すると、まず目に入るのが「鯛めし」で有名な太田屋旅館です。
そして、乃木希典書の戦没紀念碑もありました。
続いて、登山口から鹿島頂上を目指しました。
すると、突然鹿さんに出くわします。
「鹿島」とい名だけあって、島には野生の鹿が生息しています。
山の中腹で、鹿島城の案内板を見つけました。
中世における伊予の国の覇者、河野氏の海域の古城跡であるが、最後の城主来島通総は豊臣秀吉の四国征伐に先鋒水軍として活躍した功により、鹿島城主に任ぜられたが、関ヶ原の戦いの際、西軍に加わった関係から、豊後国森に転封され廃城となった。島の頂上、南角等に築城、当時のものらしい石積の崩れた姿が残っている。
約20分ぐらいで頂上に到着。
頂上からの眺めはこんな感じです。
小説『坂の上の雲』で、秋山好古が「おまえ、秋山家の先祖が伊予水軍であることを知っているか」と言うセリフがありますが、
好古自身、どんな思いでこの島に訪れたのでしょうか。
秋山好古がこの頂上に登ったかどうかはわかりませんが、一人思いにふけるのでした。
- Comments: 0
- Trackbacks (Close): 0
今年の5月27日は
本日は5月27日は日本海海戦の日(1905年)です。
これを記念して、昨年の5月27日はNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」のロケ見学で加賀市に行きましたが、今年は松山市へ行って参りました。
まずは、秋山兄弟生家で秋山眞之中将像にご挨拶。
するとそこには、日本海海戦を記念してZ旗が掲揚されていました。
Z旗とは http://www.z-flag.jp/main/information.html
その後は、坂の上の雲ミュージアムに移動し、企画展「バルチック艦隊と真之」を見学。
http://www.sakanouenokumomuseum.jp/display/now/
そこで、対バルチック艦隊への作戦を練る参謀秋山真之の姿を目撃したのでした。
- Comments: 0
- Trackbacks (Close): 0
東郷平八郎ゆかりの地「舞鶴」は軍艦がいっぱいぞな
- 2009-12-08 (火)
- 旅行
舞鶴海軍記念館
NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」の放送が始まる前日の11月28日に、東郷平八郎ゆかりの地である舞鶴に行ってきました。
その時に舞鶴の街で見かけた通りの名前が面白かったのでご紹介します。
なんと、街の通りの名が軍艦の名称になっています。
初瀬通り
朝日通り
敷島通り
八島通り
どれも日露海戦で名を馳せた軍艦の名前ですね。他にも日本海海戦で東郷平八郎司令長官の旗艦となった「三笠」や、「富士」、「吾妻」、「出雲」、「浪速」といった通りの名前があるそうです。
なかなか、思い切ったことをする街です。
まっこと、がい(街)じゃのー
ただ、一つ気になったのが、
大門通り
「大門」という軍艦は知らんぞな?
それに艦影が敷島通りと同じなんですけど。
やっぱり、知らんな・・・。
そう言えば、スペシャルドラマ「坂の上の雲」で東郷平八郎を演じる渡哲也さんは、その昔、他局の番組で「大門」と呼ばれていたような気が・・・。
まさかこれとは違うとは思うけど、うーん、わからんぞなもし。
- Comments: 2
- Trackbacks (Close): 0
日本元気劇場の「日本元気神社」
- 2009-07-17 (金)
- 旅行
7月18日にグランドオープンします加賀の日本元気劇場にあります、「日本元気神社」です。
日本元気神社の由来
幕末から明治維新、日本は世界にも類の無い大きな変革を成し遂げました。
短期間の内に封建主義、鎖国の時代から開国、近代化の路を一気に創り上げ大国からの侵入を防ぎ植民地化されることなく今日の日本の礎を築きあげました。
その代表的な例として日本海海戦における当時世界最強と謳われたロシアのバルチック艦隊との戦いの勝利もその一つでしょう。
勿論、絶対に戦争は良くないことですが、当時の人々の勇気と英知は今、私達が忘れかけている「心」を元気にさせてくれるものと思います。
当神社は維新志士達の「元気」を片時も忘れぬよう「温故知新」の精神で奉納させて頂いたものです。
ということです。
案内板には、西郷隆盛、大久保利通、坂本龍馬、陸奥宗光、東郷平八郎、そして秋山兄弟と正岡子規の顔写真が掲載されています。
個人的には、広瀬武夫がいないのが残念です。
- Comments: 0
- Trackbacks (Close): 0
ホーム > 旅行






















